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花畑 父と母が 手招きを やっと来たか あの世の旅路

 人は死に瀕すると上歌のような夢を見ると言います。亡父が他界する直前に見た夢がそうであったと、母が私に語ったことがありました。先日、私は妙な夢をみました。上歌はそこから連想したものです。夢では、私が自分の死体と向き合って、それが自分であることを確認すべく、あちこち弄繰り回していました。唇を箸でつまんで中を覗くと歯が汚い。なるほど己(おのれ)であるというわけです。しかし、夢から覚めた際の気分が不思議なことに、全く不快感が無くさわやかでありました。

夢は、直近の経験や、見聞きしたことの記憶が映し出されたものと思います。そういえば、夢の二日前ほど、月刊誌「歴史読本」11月号で始まった連載もの一回目「敗者の古代史」を興味深く読んでいました。著者は、考古学で多くの優れた研究をされてこられた森浩一氏(同志社大学名誉教授)です。氏は在野の優れた研究に偏見なく接する方です。
かって貝塚は周辺の居住民の「ゴミ箱」と理解されていました。ところがある在野の研究者が貝塚に捨てられた貝の種類が多様でなく、牡蠣のみ、ハマグリのみと偏っていることに気づきます。その研究者はそれを大変不思議に思い、思慮をめぐらせます。たどり着いた結論は「貝の剥き身を交易品としていた。つまり産業を形成していた。いいかえればこれは経済活動である」というものです。今でこそ、この理解は一般的とされていますが、十数年前には画期的でした。縄文時代は、とかく「自給自足」の生活と思いがちですが、そうではないことが、貝塚から明らかになったのです。森氏はその着眼を高く評価されたかたです。一回目の連載では古墳の話もあります。古墳といえば人骨です。これが夢に映し出されたのでしょうか?
もうひとつは、東京新聞10月12日付け朝刊の記事です。
mitcondria

ミトコンドリアは生物の活動力つまりエネルギ創出の役割を担っているとされています。この機能を新たに生まれる子に受け渡すにあたり、父の寄与は不要と言うわけです。父のミトコンドリアは子には一切伝わりません。女系家族のみに綿綿と伝えられるミトコンドリアを大昔の墓中で発掘される骨から昔へ昔へと辿ってゆくと、アフリカ中央部に二十万年ほど前の大昔に生きていた女性の遺骨にたどり着いたという訳です。この女性を「ミトコンドリア・イブ」と呼びます。このことは、10月5日の記事で書いたばかりでもありました。ここでも大昔の人類の骨が登場します。これも私の夢に関与したのかもしれません。

++++天栄山(4)
 九月末のブログ再開後、福島県の中通り南部にある天栄山を考察してきました。文字通りに解するとすれば、それは「天が栄える山」です。しかし、この山の名称が大変昔に遡ることができるようです。とすれば、その頃に「天皇」または「天子」を意味するような認識があったとはおもえません。そこで、すでに、これまでに「天」は「あめ」または「あみ」と音し、それは「火」またはそこで産出されたという金にちなんで「光」「輝き」を意味したのではないかと書きました。
そこで、今回は「栄」を考えます。もともとは、「さか(え)」と音したのだろうと思います。日本列島には多くの「栄町」があります。すべて検討したわけではありませんが、栄町のすぐ近くに古墳、古い神社があることに私は注目しています。いずれ、書く、須賀川駅近くの「栄町」もその一つです。「栄」は「えい」と音せず「さか」と音し、それ(さか)は、須賀(すか)=>蘇我の転じたものではなかろうかと思います。実は、これを支持するような興味深い証拠を須賀川市内に見つけています(後述)。

上記の考察からの結論は以下です:「天栄」山は「あみさか」とでも音しており、その意味するところは「光り輝く蘇我一族」の山といったところであろうと思います。そしてそれが約まって「あさか」となったのではなかろうか?つまり「天栄山」は「あさか」山であったと思っています。もしかして、これぞ「アスカ」の語源ではなかろうかと考えます。時代が進み、「あすか」に「天栄」という漢字が当てられ、あるいは「安積」という漢字があてられたと想像します。何故、二つの「あすか」に同一の漢字をあてなかったのか?後世(多分8世紀以後)、この「あすか」が秘める歴史の真実を隠蔽することにあったと思います。そもそも「あすか」ではなく「あさか」と音したと考えることもできます。これについては、別の機会に論じます。それはさておき、上記の考察を支持する証拠が福島県郡山市内にあります。

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2011年9月14日撮影(左の「調査済」の貼紙は余震による安全性確認の意味)

新幹線郡山駅の西口を1キロほど北に歩くと総産土阿邪訶根神社(福島県郡山市)と書き「うぶすな・あさか」(ね)と音する神社があります。神社拝殿には「総産土(神)」と額が掲げられています。大変古くから住民の信仰を集めていたことが想像されます。郡山から、天栄山に至る広大な域は、「アスカ」(または「あさか」)であったのです。この神社名に「根」が付せられています。私は、これが気になっています。次回、これをもう少し考えます。

(つづく)